人気YouTuberの「ろこゆん」
チャンネル登録者数は13.5万人(2023年4月時点)で、“「愉快なVLOG」をテーマにロサンゼルス生活の日常をお届けしてます”をモットーに、YouTubeで発信活動をされています。
ろこゆんさんは、日本生まれハワイ育ちロサンゼルス在住の中国人という特異なバックグランドをお持ちの方です。
今回はそんな気になる「ろこゆん」さんについて、詳細に解説していきます。
この記事では
- ろこゆんの英語力について
- ろこゆんが中国語を話すとどんな感じ?
- ろこゆんと毒親の関係について
以上3点を詳細に解説していきます。
それでは早速本題に入っていきましょう。
ろこゆんの英語力は?英語のコーチングプログラムも開講!
ロサンゼルス在住・ろこゆんさんの英語力はどれほどのものなのでしょうか。
この章では、
- ろこゆんはトリリンガルで、英語力は本物!
- ろこゆんが運営する英語のコーチングプログラムについて
を、順に解説していきます。
ろこゆんは英語・中国語・日本語を話すトリリンガル!
ろこゆんさんは、英語のみならず、中国語、日本語を話すトリリンガルであることがわかっています。
先述したとおり、ろこゆんさんは日本生まれハワイ育ちロサンゼルス在住の中国人で、両親は中国人です。
ろこゆんさんの経歴をまとめると、次のとおりです。
○幼少時代
- 1996年12月12日に東京都に生まれる
- 6歳まで日本に住む
- 6歳〜10歳まで中国で生活
- 10歳〜ハワイに移住
◯ハワイ生活
移住後、中国人が多く住むチャイナタウンで生活し、日々英語の勉強を余儀なくされる
○高校時代・大学時代
- ハワイの高校卒業後、ハワイ大学に進学
- 大学卒業後は友人の紹介により、年収800万円で秘書の仕事をする
- Youtubeに注力するため、秘書の仕事を1年で退職
◯現在
ロサンゼルスやハワイを中心に、YouTubeで生き方やアメリカでの生活・出来事を発信している
と、日本→中国→アメリカと生活圏を変えながら、言語を獲得していったようです。
幼い頃から様々な文化圏に適応しながら、英語・中国語・日本語を操ってきたのですね。
アメリカでの生活が始まった10歳から英語に触れて、難関のハワイ大学を卒業していますから、英語力は本物です。
ちなみに、ろこゆんという活動名のルーツを深堀りしてみると、”Loco/ロコ”には「ハワイ州に生まれ育った在住者」という意味があるそうです。
本名は「ゆな」さんですので、Locoとゆなをかけ合わせて、ろこゆんという名前になったのではないかと推測されます。
ろこゆんの英語コーチングサービスについて
ろこゆんさんは自らの英語力を活かして、英語学習をサポートする「英語コーチングサービス」をプロデュースされています。
こちらは「英語力ゼロの大人が、楽しく不安なく海外旅行に行けるレベル」を目指す内容になっているそうです。
プロデュースに至った思いも、動画では語られていました。
視聴者さんから「ろこゆんをきっかけに海外移住が夢になった」という声をもらうことに加えて、「英語力が不安でどうしたらいいですか」という質問が多く寄せられていたようです。
ろこゆんさんは日に日に、
1から携わったものでみんなの英語がしゃべれないっていうコンプレックスを解消してあげれたらいいのになぁ
という思いが強くなり、このサービスが生まれたようです。
ろこゆんさんのファンを大切にする気持ちが、伝わってきますよね。
私もこのプログラムに、大変興味が湧きました!
ろこゆんは中国語を話すとどんな感じ?
続いて、ろこゆんさんが話す中国語について詳しく紹介していきます。
13年来の付き合いが続く中国人の友人と、カフェでランチをした動画を公開しています。
目的地であるカフェに行くまでの車内での会話から、流暢な中国語が飛び出します。
カフェに到着して食事を始めると、お互いいじり倒す会話に発展!(中国人同士のいじりは基本きつめですと、ろこゆんさんが注釈をつけているほどです。)
動画では終始、中国語での気さくな会話を楽しむことができます。
ろこゆんさんは英語も日本語もできて、さらに中国語まで使いこなせる能力の高さに感嘆するあまりです。
ろこゆんと毒親との関係性について
ろこゆんさんについて調べていく中で、「ろこゆん 毒親」というワードを発見しました。
一体、どのような家庭環境だったのでしょうか。
- ろこゆんの毒親とは
- ろこゆんが毒親を通して学び得たことについて
を解説していきます。
毒親と過ごした時代
ろこゆんさんは、中国人の両親のもとに生まれた中国人。
父親は北京、母親は上海出身の方で、日本で出会い、結婚。
理由ははっきりしていませんが、東京で住んでいた期間は父親とは同居した期間はなく、週に1度訪ねてくる母子家庭だったそうです。
そのためなのか母親はあまりメンタルが安定せず、ヒステリックになっていた母親をみて、ろこゆんさん自身は自分がしっかりしなければいけないという意識が強くなったようです。
思春期かつ反抗期の中学時代は、ろこゆんさんは学校、家庭で荒れている時期で、母親とより関係性が悪くなったのでした。
『二十歳の時に家を追い出され路頭に迷った私の過去について話していきます』というセンセーショナルなタイトルの動画では、壮絶な過去について告白されています。
大学進学を巡って母親と論戦し、その後2ヶ月全く話せないような冷戦状態が続くような状態。
ろこゆんさんは家庭のストレスで、身体を壊してしまったそうです。
YouTubeで普段見る明るい性格の笑顔がまぶしい今のろこゆんさんからは、想像が難しいですよね。
そして、母親との冷戦状態が続いていた20歳の時に、ささいなことから大喧嘩に発展した挙句、家を追い出されたそうです。
ハワイは物価も高く、学生の分際では1人で暮らすことが現実的ではないほど難しい地域。
しかし、母親は親戚に電話をかけまくり「ゆなをもし援助するようなやつがいたらそいつとも私は縁を切る」と目の前で言われたそうです。
※実際は親戚が援助の手を差し伸べてくれたようです。
その後2週間が過ぎた頃、母親からは「戻っておいで、本当はゆなのこと愛しているよ」というふうに言ってくれたそう。
しかし、ろこゆんさんは
愛とか愛じゃないとか、もうそこはどうでもよくて1回そういうふうに追い出せる人って、たぶん2回目も3回目も自分の気分によって追い出すことができるというふうに思って、もう信用できないなって思って、そっから帰ってないです
と自身の思いを赤裸々に語っています。
ろこゆんさんは母親のことを「悪い人ではないと思っていて、ただ愛し方がわからない不器用な人だったのではないかな」と、客観的に分析されています。
- “子どもでいられなかった”(早く大人にならないといけないという思いの芽生えと甘え方がわからずに育ったということ)
- ”周りの言葉で傷つく”(世間的には親子関係は良いことが好ましい傾向ですが、恵まれた環境ではなかったろこゆんさんにとっては、両親との関係性は良好であるべきという押し付けに非常に傷つく)
- “家庭外で居場所を探すように”
と、多感な時期に壮絶な家庭環境を過ごしてきた、ろこゆんさん。
様々な苦悩や葛藤を経て、学びがあったようです。
毒親に育てられた苦しみから得られたもの
先述したとおり、家庭環境は悪く壮絶な日々を送られていましたが、困難な状況を打破するほどのメンタルが鍛えられたようです。
- 精神力は強い
- 社交性の高さ
- リスクを取ることにあまり抵抗がない
ろこゆんさんは、困難な状況だったからこそ得られたポジティブな面を語っていました。
自分の人生は一度きりだと思うしさ、(略)
死ぬ間際にさ、もっとこうすればよかったなんて言ってももう巻き戻せないんだよ。
だって、今を大事にしてさ、今生きてさあ、今自分のできることをした方がいいんじゃない。
と、人一倍苦しい時期もあった「ろこゆん」さんが発する言葉だからこそ、勇気をみなぎらせてくれるものがあります。
まとめ
いかがだったでしょうか。
今回は『英語や中国語を話す「ろこゆん」を徹底解剖!毒親に育てられた真実とは?』と題して、記事をお届けしてきました。
この記事では、
- ろこゆんさんは10歳でハワイに移住し、英語を習得
- ろこゆんさんは中国語が流暢である
- ろこゆんさんは毒親と過ごした壮絶な過去があるということ
の3点について解説してきました。
以上、参考になれば嬉しいです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!